#ゲーム批評祭 Crypt of the NecroDancerを3500時間プレイして Ratata aka ラッタッタ

ゴールデンウィークに行われたゲーム批評祭という企画にネクロダンサーの批評を投稿しました。

いま読むと完全に自分語りに徹していて恥ずかしいのですが、せっかく苦労して書いた文章ですので、いちおう公開しておきます。


Crypt of the NecroDancer(以下ネクロダンサー)を日本一プレイしているラッタッタです。プレイ時間3571時間、2019年5月3日時点。日本語Wikiを作成したり、スピードランやスコアアタックのいくつかの種目で世界一や日本一を取ったりもしています。

ネクロダンサーとは、公式によると「ハードコアローグライクリズムゲーム」というジャンル付けがされており、風来のシレンのようなターン制ローグライクをリズムに合わせてプレイするゲームです。上下左右のカーソルによる移動・攻撃とそれぞれ2キーを組み合わせた6セットのコマンドによってダンジョンをクリアしていく、シンプルなものになっています。

今回は、私がネクロダンサーを突き詰めてプレイしてわかったことを話していきたいと思います。

ネクロダンサーの基本システムである、ターン制ローグライクの中核的要素はなにかというと意思決定です。ローグライクは「意思決定のゲーム」なのです。「意思決定のゲーム」とは、不完全な情報のなかから、プレイヤーが最適と考える戦術を選択していくゲームのことです。

ですが、一般的なターン制ローグライクでは、プレイを突き詰める過程で、ゲームを研究する「研究のゲーム」の側面が強まっていきます。「研究のゲーム」とは、ゲーム内の要素を調べ上げ、不完全な情報を完全にしたり、仕様の裏をかいたりすることを目標とするゲームやプレイスタイルのことです。ツールアシストスピードラン(TAS)などのプレイもこれに含まれます。

一般的なターン制ローグライクと異なり、ネクロダンサーでは、リズムというリアルタイム要素を加えることにより、プレイに時間的制約をつくり、「研究のゲーム」の比率が高まらないようなデザインになっています。

ここで、リズム要素の追加により、ネクロダンサーは操作技術や反射神経を要求される「技術のゲーム」に傾くのですが、リズムは速い方向に対しても有限なのです。これにより、「技術のゲーム」としてのネクロダンサーもまた有限なものになっています。

この速くも遅くもないリズム要素により、ネクロダンサーは他のローグライクと異なり、いくら突き詰めてプレイしてもかたくなに「意思決定のゲーム」であり続けようとする構造になっています。

実際の私の経験では、最初に「研究のゲーム」の時代が訪れ、それは総プレイ時間1000時間ほどで終わりました。このあとに大きな知識的ブレイクスルーはほぼなく、いまでも基本的な攻略法はこの期間の研究に基づいています。

次に「技術のゲーム」の時代が訪れます。こちらは総プレイ時間2000時間ほどで終わりました。前述のように技術的要求が有限なので、自分のできることの総量も一定で高止まりしました。

さて、最後に来たのが「意思決定のゲーム」の時代です。ここまでの期間も当然、意思決定はゲームの中に存在するのですが、知識的な研究が終わり、技術的向上が止まった純化された状況における「意思決定のゲーム」はとても神秘的なものでした。ゲームの画面を見つめる目、リズムに合わせて踊る手から導かれる「なんとなく、こっちのほうがいい気がする」「たぶん、あのアイテムはタイムロスをしても入手するべきだ」のような、曖昧な感覚に従うことで成績が更新されていくのです。

ここでは、ただ自らの感覚に従いゲームと対話し、善くあろうとすることだけが求められていました。そして、これはもはや私にとって「祈り」の実践ですらありました。

これこそが私がネクロダンサーを通して体験した「意思決定のゲーム」の極北です。

ゲームタイトル:Crypt of the NecroDancer
ゲームハード:PC
発売年:2015
執筆者名:Ratata aka ラッタッタ
Twitter:ratata_ratata